茨木國夫(着物923)プロフィールProfile

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創業110年。受け継がれた手仕事の心を、熊本の地で守り続けます。

生まれ育った熊本の地で、祖父・父から受け継いだ家業に専念しています。
創業110年を迎えた「きものサロン和の國」の代表、茨木國夫です。
家業は着物屋、僕で3代目となります。
初代祖父母が創業し、高度経済成長とともに迎えた呉服屋全盛期の時代に生まれました。父母、姉・弟の7人家族。父母は毎晩遅くまで、着物を解いたりハヌイ(端縫い)をしたりと、一心に仕事に勤しんでいました。
幼い頃は、姉や弟と反物の巻き棒でチャンバラごっこをしたり、着物の幅を調節する「湯のし」を眺めたり、着物を水で洗う「洗い張り」の手伝いをしたり。そんな環境のなか、着物はいつも身近にありました。

幼少期の思い出 1
幼少期の思い出 2
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野球少年から、自由奔放(ほんぽう)な学生時代へ

登校時は、どんなに寒くても半袖半ズボン。
小学校低学年の頃は剣道部に入ったものの、面をつけたままボクシングごっこをして遊ぶようなやんちゃ坊主。小学4年生からは一転して中学・高校と野球一筋。宿題よりもグローブの手入れや素振りが優先で、野球が青春そのものでした。
その後、地元の熊本学園大学へ進学。オシャレに目覚めて「アイビー少年」となり、デパートのアイビーブランド店で洋服売りのアルバイトを。大学4年にもなると準社員の名札を付けて週6日間勤務、夜はコース料理を食べにいくなど、「この世の春」を謳歌するような学生時代を過ごしました。

学生時代の野球部とアイビーファッション
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24歳で家業、27歳で結婚。伝統の街パリでの「きもの宣言」

大学卒業後は、大阪空港近くの呉服店に2年間住み込み修業。24歳で戻り家業を継承。27歳で結婚し、一男一女に恵まれました。ネクタイが大好きで、仕事中は動きやすい作務衣姿。しかし「着物屋なのに、なぜ普段は着物を着ないのか?」という矛盾と、将来の不安や生き方との葛藤。
それでも本物になるため、お気に入りの洋服をすべて処分して退路を断ち、32歳の時、フランス・パリの地で、生涯を和服だけで生きる「きもの宣言」をしました。

大阪での修行時代と結婚
パリでのきもの宣言
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見て聞いて、現地に足を運んで…。

着物を毎日着るようになったので、季節や着る場所に応じて揃えることから始まりました。
そうすると「夏は浴衣」位しか知らなかったのが、麻の「小千谷ちぢみ」が着やすいとか、梅雨時はさらっとした「久留米絣」が心地よいなど・・・、四季折々の着用を通して「男の着物」に詳しくなっていきました。
また、それまで取引していた問屋さんは着物から帯、小物まで一社で何でも揃うところばかりでしたが、深く知るにつれて「男物には男物の専門問屋」「織物には織物の専門問屋」「帯には帯の専門問屋」がそれぞれ存在することが分かってきました。
やがて普段着として纏う「紬(つむぎ)の着物」が大好きになり、日本各地にある紬の制作工程にも強い興味が湧いてきました。そこで問屋さんにお願いし、全国の製造現場を見せていただくようになったのです。
職人たちの凄まじい技を肌で感じるうちに、いつしか「見て、聞いて、現地に足を運んで、まずは自らがその着物を着て納得した上で、初めてお客様にオススメする」ということが、僕の揺るぎない仕事の流儀となっていきました。
今日までに、北は青森県の裂織(さきおり)から、南は奄美大島紬・沖縄の芭蕉布(ばしょうふ)まで、全国各地20ヶ所以上の産地を探訪し、作り手の生の声や想いに触れて見聞を広めてしてきました。なかでも最も深く心を注がれた茨城県結城市にはこれまでに5回訪れていますが、今でもまた一番行ってみたい大切な場所です。

全国の染織産地探訪 1
全国の染織産地探訪 2
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身体が震えた「本場結城紬」の作業工程

36歳の時、茨城県結城市で目にした「本場結城紬」の作業工程には、言葉通り身体が震えるほどの衝撃を受けました。
真綿から細い糸を手で引き出すおばあちゃんの姿、男の仕事である執念のような絣(かすり)くくり、身体と機(はた)が一体化した機織り……。静寂な空気の中で、作業の音だけがトントンと響き、職人一人ひとりの息遣いまで聞こえてきそうな空間でした。
本や写真、知識としては知っていたつもりでしたが、「ひたすら一つの仕事に命を打ち込む姿を通して、あの結城紬は出来上がるんだ」という、それぞれの工程の凄みを目の当たりにして、その夜は興奮で全く眠れませんでした。
本場結城紬との感動的な出会いを果たした翌年、今度は3泊4日での機織り体験という、得がたい機会をいただきました。しかし「見るとするでは大違い」です。結城紬の魅力に惚れ込むどころか、たった数日の機織り体験で左足はパンパン、腰もガクガク状態に。極度の筋肉痛で足を引きずりながら、手仕事の想像を絶する大変さに圧倒されて熊本へ帰ってきました。

結城紬の機織り体験 1
結城紬の機織り体験 2
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本場結城紬・高機(たかはた)からスタートして学んだこと

その後、問屋さんの勧めもあり、まずは上半身を使って織る「高機(たかはた)」の本場結城紬を誂えてみました。しかし、2〜3回洗い張りをして着込んでみても、どうにも身体にしっくりと馴染んでくれません。「なぜだろう?」という疑問が、ずっと頭の片隅に残り続けました。
結城紬を大きく分けると、一般的な「結城紬」と、2010年にユネスコ無形文化遺産に認定された伝統技法の「本場結城紬」があります。着物業界の重鎮からは「お客様の約8割は『本場結城紬』ではなく『類似の結城紬』をお持ちである」と言われるほど、名前も風合いも似ているため、その違いを見分けるのはプロの呉服店の店員でも難しいものです。ましてや、販売する側が本場結城紬の本当の着心地を知らないままお勧めしていることも多く、真実の情報がなかなかお客様の元へ届いていないのが現状です。
さらに、本場結城紬の中には、上半身で織る「高機(たかはた)」、身体全体を使って織る「地機(じばた)」、そして横糸に強い撚(よ)りをかけたものを身体全体で織る「縮結城(ちぢみゆうき)」の3種類があります。それぞれに全く異なる個性があるのですが、証紙(証明書)の見た目も似ているため、「何を信じて選んだらいいのか分からない」とお悩みの方もたくさん見受けられます。

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目利き力を高めるために、3種の本場結城紬を自ら愛用

この現実に気づいた時、店主として、今以上に圧倒的な「目利き力」を高めなければいけないと強く決意しました。
結城紬の本当の価値を自らの言葉で伝えるために、コツコツと貯めていた定期預金をすべて解約。それまでの「高機」に加え、「地機」と「縮結城」も買い揃え、何度も洗い張りを繰り返しながら、夢中で着続けました。
階段の上り下り、車の乗り降り、重い荷物を持つ時も、正座をする時も、旅へ出る時も。普段の着物生活の中で本場結城紬の、特に「地機」の着心地を体感していくうちに、これまでに経験したことのない感動に包まれていきました。
本場結城紬の地機は、しっかりと張りがあるのに信じられないほどしなやかです。着物を着ているのに、まるで何も着ていないかのように軽くて心地よく、同時に「何かに優しく守られている」ような温かい感覚に満たされ、夜になっても脱ぐのがもったいないという思いに駆られます。
1200年もの間、変わらぬ技法を守り、数十人のスペシャリストの手から手へとバトンを繋いで作られた最高峰の手仕事を身にまとっているからでしょうか。それは僕の心を優しく、強く、そして豊かに育んでくれます。まさに僕にとって「最強の応援団」であり、「守護神」のような存在なのです。
お着物好きの皆様にも、ぜひ一生に一度はこの至高の感触を味わっていただきたいと心から願っています。

愛用する本場結城紬
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価値ある品物は、長い年月の経過とともに美しくなる

「古きを温ねて新しきを知る」という言葉がありますが、時代を超えて生き残ってきた古典や伝統技能には、現代の僕たちにも通じる揺るぎないメッセージが込められています。茶道や能楽を学んだことで、洋の東西を問わず骨董や古美術品にも深く興味を持つようになりました。
本当に価値のある品物は、長い年月の経過とともに、より味わい深く美しくなっていくものです。それは人間と同じで、時を刻むほどに人間味(にんげんみ)がにじみ出て、美しく熟成されていきます。
秘めたる美しさを持つ結城紬もまったく同じで、どれだけ着ても飽きがこず、着るほどに身体と一体化し、優しく極上の風合いへと育っていきます。本当に良い着物は、親子三代にわたって受け継ぎ、特別な想いを抱きながら「我が家の宝物」として愛用することができます。
このような経験と確信を重ねながら、「本当に価値のある着物の良さを、一人でも多くの方に分かっていただきたい」という想いで、熊本市内に「きものサロン和の國」を構えています。
かつては京都・室町の加納織物様とのご縁から、結城の縞屋・宮崎織物様を熊本にお招きし、ご来店の皆様に「糸とり」や「機織り」の体験を通して、匠の技の片鱗に触れていただくイベントなども開催してきました。

和の國の展示会イベント 1
和の國の展示会イベント 2
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10年後20年後も「買って良かった!」と心から思える着物を

お客様にご提案しているのは、10年後、20年後、あるいは次の世代に受け継いだ時にも「本当に買って良かった」と心から満足していただける、本物の価値を持つ着物です。
具体的には、お洒落な街着やメンズの着物から、格調高い「のり糸目友禅の訪問着」、そして着物の女王と称される「結城紬」まで、現地へ赴き、自分の目で見て、手で触れ、心から納得できた本物だけを厳選して取り扱っています。
本場結城紬検査協同組合の厳しい検査をパスした証紙があるものであっても、糸とりから機織りまで30もの工程すべてが人の手仕事であり、織られた季節も異なるため、一反一反に異なる個性が宿っています。鮫肌のようにシャリ感のある風合いもあれば、真綿のふっくらとした温かみを持つものもあります。それらは機械生産では絶対に不可能な、血の通った美しさです。
お客様から、「たくさん着物を持っているけれど、気がつくといつも手に取ってしまうのは、やっぱり和の國さんの着物なのよね」というお言葉をいただく瞬間があります。その時ほど、呉服屋として何ものにも代えがたい喜びと誇りを感じることはありません。

お客様に提案する本物の着物
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結城職人の一途な姿勢こそが、僕の生きた教科書

振り返ってみれば、全国の染織家を訪ね歩き、結城紬の産地へ足しげく通わせていただいたのは、職人たちのひたむきな仕事ぶりを目の当たりにすることで、自分自身の商いの心、生き方と向き合うためでもありました。
真綿から手で糸を紡ぎ出すかすかな音は、まるで人間の心臓の鼓動のようでもあります。職人さんの神業とも言える匠の技はもちろんのこと、一つの仕事にただ一途に打ち込むその尊い姿勢こそが、生きた教科書となりました。
30年以上にわたって毎日着物だけで生活してきたなかで、プロの職人たちが丹精を込めて、一途に作り上げてくれた本物の着物を、今こうして僕自身が身に纏えていること。これほど贅沢で有難いことはありません。だからこそ、その命が吹き込まれた結城紬は、僕にとって生涯最高の「座右の着物」なのです。
創業110年という大きな節目を迎えられたことへの感謝を深く胸に刻み、この生まれ育った大好きな熊本の地で、祖父・父から受け継いだ伝統の灯を絶やすことなく、皆様の上質で素敵な着物ライフを全力でお手伝いしていきます。
これからも、共にはぐくみ、共に時を重ねて風合いを育てていける「結城紬」をはじめ、日本の宝物である着物の素晴らしさ・美しさ・豊かさを、誠実にお伝えしていきます。
どうか今後とも、末永くよろしくお願い申し上げます。
きものサロン和の國 茨木國夫 拝

座右の着物と店主・茨木國夫

【主な染織工房探訪先、及びお会いした染織家】

青森県/裂織、茨城県/本場結城紬、東京都/小島秀子、東京都八丈島/八丈織/菊池洋守、東京都八丈島/黄八丈めゆ工房、神奈川県/吉田美保子、栃木県/芝崎重一/芝崎圭一、石川県/士乎路紬、長野県/みさやま紬/横山俊一郎、京都府/喜多川俵二、京都府/洛風林、京都府/丹波屋、京都府/安田工房、京都府/市川染工房、島根県/天野圭、徳島県/本藍工房、福岡県/博多織、福岡県/久留米絣、鹿児島県奄美/本場大島紬/山口織物、沖縄県/芭蕉布/平良敏子、沖縄県/紅型/玉那覇有公…他

草木染/志村ふくみ、染織/山下健、染織/柳宗、染織/本郷孝文、染織/加藤富喜、型絵染/添田敏子、型絵染/森田麻里、型絵染/釜我敏子、花織/ルパーズミヤヒラ吟子、熊本県/岡村美和/黒木千穂子/島崎澄子/堀絹子/宮崎直美/溝口あけみ…他(敬称略・順不同)