和の國ファミリーの皆さま、こんにちは。着物923こと茨木國夫でございます!
七夕の夜、いかがお過ごしでいらっしゃいますか?
連日連夜の投稿となりますが、、、
着物を通して和の心をお伝えするために、本日・七夕の日より「和ごころ(着物)エッセイ」がスタートします!
と言って、年に一度の投稿にならないようにしたいと思います☺️
着物のこと、心がほっこりするようなことを綴っていきます。
どうぞよろしくお願いいたします!
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【亡母の着物をまとう喜び】
青葉が目にやさしい頃、卒寿を迎える父たちと亡母の三回忌を済ませた。
熊本県山鹿市のとある農家から嫁いだお袋は、着物屋の2代目の妻となった。
小柄でとても着物が似合っていたお袋は、84年の生涯だった。
その着物は当然のごとく、縁の深い女性の方々に渡った。
姉、カミさん、弟嫁、スタッフ、お客様への「形見分け」である。
過日、店の奥にある収納棚から、お袋の「絽の黒紋付」の「洗張り」した着物を発見した。「洗張り」とは、着物をほどいて反物の状態にして水洗いすることである。
その状態は良い。「僕が着れないものか?」
普通に考えても、僕の方が身長も高く体格も良いので、まずもって着物はムリ。しかし、水戸黄門さまみたいな「肩衣(かたぎぬ)」という袖なし羽織ならできるかもしれない。
着物としての丈は短いが、羽織なら十分。ましてや肩衣は、袖の部分がないので裄(手の長さ)も関係ない。
早速、和裁士にお願いすると、「寸法は充分あり背中の紋も隠れる」とのことだ。
20日程で仕立て上がってきた。早速羽織ってみると、少し重たく感じた。夏の時期は、薄い紗の肩衣をよく羽織るからだった。
昔、お客さまに聞いた言葉を思い出した。「母の形見の着物を着ていると、なにか母から守られているような安心感がある。」と。僕は包まれてる温かさを感じた。じんわりと満たされた気持ちになった。
お袋の着物が、カタチを変えて僕の肩衣へと生まれ変わってくれた。
亡母の着物をまとえる。
これから、ずっと一緒にいてくれる。
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お付き合いありがとうございます。
読んでいただいていかがでしたでしょうか?
ぜひ、ご感想や、あなた様の着物にまつわる嬉しかったこと、思い出深かったことなど、教えていただけたらありがたいです!
今日も和の國ブログにお付き合いくださり、誠にありがとうございました!
明日もまた、佳き1日となりますようにお祈りいたします😀
追伸:
明日は、10年ぶりぐらいでしょうか。。。
桜十字で、人間ドックを受けてきまーす☺️